隅田川風物図巻とは

江戸の観光案内絵巻だった『隅田川風物図巻』

『隅田川風物図巻』とは、江戸東京博物館蔵の江戸中期の絵巻で、富士を背にした江戸城から、一石橋、日本橋、江戸橋と日本橋川を下って隅田川に出て、さらに永代橋、新大橋、両国橋と遡り、浅草寺界隈から最後は木母寺、梅若塚までを描いた、全長9メートル以上にも及ぶユニークな作品です。これがなぜユニークな絵巻かというと、鑑賞のための芸術作品というよりも、見世物として作られた「からくり絵」だからです。

具体的に言うと、家屋の窓、漁り火、提灯、花火などの部分が切り抜かれ、裏から薄い紙が貼ってあるため、まわりを暗くして、後ろから光を当てると、その部分が光って、同じ絵がまるで夜景のように様変わりするわけです。さらに、裏面には場所や地名を示した張り紙があることから、絵巻を回しながら、その張り紙を確認しつつ口上を述べる、いわゆる興行師の姿を思い描くことができます。所蔵館学芸員でこの作品に詳しい我妻直美氏によると、こうした「からくり絵」は、同時代に流行ったものだそうですが、通常は一枚絵で、「10メートル近い絵巻に、手を抜くことなく最後まで細工している点は驚異的」*とのこと。

この作品のもうひとつの特徴は、隅田川両岸を描いた絵図が数多くあるなかで、日本橋川を下ったのちに隅田川を上る様子が、ひと続きにとらえられて描かれていることです。そして、これは、当時庶民に人気の舟遊びコースと見事に重なります。つまり、風物図巻は、江戸の名所を巡る観光案内絵巻として作られたものであり、「からくり絵」という素性は、その機能を最大限に発揮させるための工夫だったのです。

*我妻直美「〈隅田川両岸一覧図〉の成立に関する考察−江戸東京博物館蔵「隅田川風物図巻」をめぐって−」、東京都江戸東京博物館研究報告 1-26,図巻頭3p, 2002-03
後から光を当てた場合
特別展『日本美術にみる「橋」ものがたり −天橋立から日本橋まで−』