まち歩き 深川

深川神明宮
江戸期以前、深川一帯は葦の生い茂る無人の湿地帯でした。ここを開拓したのが深川八郎右衛門の一族。家康がこの地を検分した際に、その姓を村名にするよう命じられたといいます。深川神明宮は、八郎右衛門により、この地の鎮守の宮として、1596年(慶長元年)伊勢皇大神宮の御分霊をまつって創建されました。

江東区森下1-3-17
http://www.fukagawa-shinmei.com
江東区芭蕉記念館
芭蕉が深川に草庵を結んだのは、1680年(延宝8年)のこと。しばしば旅に出て、多くの名句、紀行文を残しました。没後、しばらくして庵は消失しますが、1917年(大正6年)、常盤一丁目から「芭蕉遺愛の石の蛙」(伝)が出土、東京府がこの地を「芭蕉翁古池の跡」に指定し、その後江東区により記念館が建てられました。

江東区常盤1-6-3
http://www.kcf.or.jp/basyo/index.html
芭蕉稲荷神社
深川芭蕉庵は、芭蕉の没後、庵跡一帯が武家屋敷となり、幕末、明治にかけても土地所有者が変遷したため消滅してしまいました。大正6年(1917)の関東大水害のあと、芭蕉遺愛と言われる石造りの蛙が発見され、地元の人々の尽力により芭蕉稲荷が祀られ、その後東京府により旧跡に指定されました。

江東区常盤1-3-12
萬年橋
小名木川にかかる橋で、創架は不明ですが、江戸時代初期(17世紀半ば過ぎ)には架橋されていたようです。小名木川は、江戸市中へ様々な物品を舟運する運河だったため、橋はいずれも橋脚が高く、中でも萬年橋は特に高く虹型に架けられたことから、北斎や広重もその優美な姿を作品に残しています。
深川江戸資料館
「江戸の深川」を再現した資料館。かつての深川佐賀町の町並み、建物を忠実に再現し、実際に内部に入って、生活用品などを触れるようになっており、テレビドラマの舞台として利用されることも。こうした実寸ジオラマのほかに、小劇場、ホールを備えた文化施設として、1986年(昭和61年)にオープンしました。

江東区白河1-3-28
http://www.kcf.or.jp/fukagawa/index.html
清澄庭園
この地は、伝・紀伊国屋文左衛門屋敷(元禄年間)、下総国関宿藩主久世家下屋敷(享保年間)を経て、三菱財閥創業者である岩崎弥太郎が、社員慰安と賓客接待のための「深川親睦園」として造園。隅田川の水を引いた「回遊式築山林泉庭園」です。その後東京市に寄付され、東半分が1932年(昭和7年)「清澄庭園」として一般公開され、西半分も1977年(昭和52年)に清澄公園として追加公開されました。

江東区清澄2・3丁目


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